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レッツゴー

2009-06

『入手できませんメール』と今日は『桜桃忌』

今日は桜桃忌。ですね。
その前に
あの昨日まで『DVD風に吹かれて』が買える!と
喜びすぎて友とあれほど喜びを分かち合ったにもかかわらず
『風に吹かれて』が入手できないというメールがきたのであります。
これって
なんだったのだろう。。
間違っちゃったのかしら。。?
いろんな問題があったりして。でも再販できると思ったりして。
なんとなく在庫数の問題ではなさそうだし
そんでもって
注文済みのところをみるとあっさり消されてる。!
何事もなかったかのように消されてる。。
せめて
注文履歴の『DVD風に吹かれて』の横に入手できませんでしたと
跡形を残してもらいたいほどの
さみしさを感じたのであります。。


・・・・汚れきった魂やら 怠け者の ぶざまな息も
あなたの優しいうたも 全部 
幻  
・・・そんなこたねえか・・・

またきっちりと再発売されるのを待つ今。。。

幻だったのか?と自分でその『幻』と言う言葉を思っていたら
『武蔵野』のここの部分を
口ずさんでいた。。

そしてまた再び『武蔵野』の曲を聴きたくなり
今はここでは聴けないので歌詞だけあらためてよくよく読んだ。。
初めて宮本さんをエレカシを好きになって
初めて聴いたときの『武蔵野』よりも
もっともっと理解できる。。。
すごく前より宮本さんのことを知って理解していつもいつも思いに近づいていたら
この曲が
よくわかった気がする。。
宮本さんが涙するのがよくわかった気がする。。。

そんな
『DVD風に吹かれて』が
入手できませんメール。。。から、私の心は『武蔵野』に移ってしまう
そんな連想連想からいろんなことを感じてしまう私なのである。。



そんなことを思った今日は
『桜桃忌』
・・・1948年6月13日玉川上水に入水、39歳の誕生日である6月19日に発見される。
生前の太宰の意により、三鷹の禅林寺の森林太郎(鷗外)の墓の向かいに葬られる。
今官一の提唱でこの日を「桜桃忌」と名づけた。。
そんな日。

鷗外や荷風やいろんな作家を愛している宮本さんの始まりは
きっと太宰であったのだと思う。
子供から大人になって大人として読んで
自身とリンクするように感じたのって。。
20歳くらいの若い時期に浸透していたと聞いたから。。太宰の作品

今若い人たちに入りやすいようにいろんな窓口で太宰の作品を
紹介してるけれど
ホントは太宰の本質は言葉では表せないようなナイーブないろんな面
えぐかったりホントはそうじゃないのにおどけて見せたりする子供の頃の面、
あるのは当然周知のことだけど

(・・・そこの部分そしてもっともっと深い部分に共感があって
そこから私は宮本さんを同じ部分を感じる人なのかなと知ったのだったけど。。)

なんか先日も窪塚洋介さんが太宰作品を演じることでコメントしていたけれど
げらげら笑いました。と言ってたけれど
太宰さんはユーモアのセンスがとってもあって
でもそれって
クスッと笑う心のどこかをくすぐられるユーモアさであって
多分げらげらと腹を抱えて笑うユーモア感じゃないと思うんだけどな。とか
思ったりして。

なんてさ
生誕100年ということでいろんなところで今取り上げられている
太宰さん。。

ここで私がビジネス的に世間がそんな風に盛り上がってると
なんか、・・・。。。とか思っちゃうのって
すごくへんだよね。。とっても大きな大きな人に対してなのに。(笑)
これって
ちょっと前のエレファントカシマシがポップになったかも論争と
昔からのよくよく知ってるファンのやきもきさと

若干似てる。?(笑)
(あ。っていう私もそんなに太宰治研究家ではないからそんな
よく知らないか。^^;あくまで、自分の中だけど。。)

ファンて面白い感情がむくむくわきあがるものである。。。

きっと自分の好きな『物』でも、特に『人』だったら
軽々しく扱ってもらいたくないぞ!
という小市民のちいさなちいさな
反抗なのかな。いや。意見か。・・

なんてね。

いろいろむずかしいのだ
心ってやつぁ。


そんなことを思う今日なのです。。。



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